小説の書き出しは、読者を物語に引き込む最初の接点として、また作品全体の雰囲気やテーマを暗示する重要な要素になります。効果的な書き出しを作るには、いくつかの手法と工夫が必要になりますので、書き出しを構築する考え方や具体的な方法、さらにアイデアをまとめて解説します。
書き出しの重要性を識る
書き出しは、物語の第一印象を決定づけるものです。初めのページから読者の心をつかむ文が、その後も読まれていくのです。読者がその先を読み進めるかどうかは、最初の数行にかかっていると言っても過言ではありません。特に次の要素を意識すると、効果的な書き出しができる手助けとなります。
興味を引かせる
初めて出会う世界観やキャラクターに興味を抱かせるように誘い込む手法は、現代小説ではよく使用されます。これから何が起こるのかを暗示させる書き出しは、このあとに起こる事に、読者に好奇心を抱かせるものとして、ジワジワと効果が現れてきます。
「わたしが若い頃、父がこんな忠告をしたことがある――『人を批判したくなったら、誰もが君と同じような恵まれた境遇に生まれ育ったわけではないことを思い出しなさい。』」
F・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』
読者は即座に「この忠告がどのような物語に繋がっていくのか」という興味を掻き立てられ、すぐに次の文に引き込まれていく感じがしますね。
疑問を生ませる
読者に「続きが気になる」と思わせるには、疑問をはじめに提示すると、「その先を読んでみたい」という気持ちにさせることができます。
「ある日の暮れ方のことである。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。」
芥川龍之介『羅生門』
なぜこの下人は雨やみを待っているのか、羅生門にいるのかといった疑問が浮かびます。この導入が後の劇的な展開への伏線になっていることが興味深いですね。
雰囲気を作る
物語のトーンやテーマをはじめから提示して、読者を驚愕させるたり、異種異様な雰囲気を創り上げていきます。
「ある朝、グレゴール・ザムザが目を覚ますと、自分が一匹の巨大な毒虫に変わっているのを発見した。」
フランツ・カフカ『変身』
有名な書き出しです。突拍子もない現象があまりにも淡々と語られ、その違和感が読者の注意を一気に引き付けます。ここから物語が一体どのように展開するのか、先を読まずにはいられません。
このように、カフカの書き出しはそれぞれの作品が持つ個性を反映し、読者の興味を喚起するために計算された要素が詰まっています。冒頭を考える際には、こうした例を参考にしながら、自分の作品のテーマやトーンに合ったアプローチで進めるのがよいでしょう。
そのほかに、村上春樹の小説のなかには日常の中に不思議な違和感を持たせることで読者を引き込む作品もあります。一方で、芥川龍之介のように詩的でリズミカルな一文で物語を始める例もあります。
詩的な描写で興味を引かせる
日常ではあまり感じられない自然美を表現しつつ、詩的な美しさをもって読者の心に響かせる手法です。
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の葉を洩れて来るのか、霧がただよって来るのか、はっきりしない、ほのぼのとした薄明かりが私の一行を包んだ。」
川端康成『伊豆の踊子』
情景描写が美しく、物語の持つ感情や雰囲気を強く予感させています。読者は自然と主人公の旅とその先の出来事に関心を抱きますね。
書き出しの種類と手法
インパクトのある一文
一瞬で読者の心をつかむ書き出しは、鮮烈な印象を与えます。例えば、事件や状況を最初に明確に提示する方法になります。
「その日、世界が終わった。」
短く断定的な一文が、物語のスケールやその先の緊張感を暗示しています。
「その日の朝、彼女は自分が死ぬことになると知りながら、コーヒーを二杯淹れた。」
サスペンスやミステリー風に文章をかざり、「謎」をほのめかしています。
「この世に魔法は存在しない──と、人々が信じていたのは、王都が一夜にして消え失せるまでのことだった。」
ファンタジー・冒険風に「神秘性」、「意外性」を含ませた一例です。
日常からの始まり
一見、普通の日常を描きながらも、どこかに非日常の気配を忍ばせることで、読者は「この後何が起こるのか」と興味を引かれていきます。
「目覚まし時計が鳴り響き、彼はいつもと変わらない朝を迎えた。」
何でもない一日の始まり。そのあとの次の数行で、日常が徐々に崩れていく描写を加えてみると効果的です。
キャラクターの魅力を前面に出す
登場人物の個性や視点を強調した書き出しは、キャラクターを中心に物語を展開したいときにとても有効です。
「僕は三回目の転職をしたその日、奇妙な猫に出会った。」
キャラクターの独特そうな視点が読者を惹きつけていきます。
感情的な訴えかけ
読者の感情に直接訴える書き出しは、共感を呼び起こしていきます。
「愛されることのない人生は、こんなにも冷たいものだと、彼女はその時初めて知った。」
感情を前面に出していくと、読者は早くも物語の核心に到達できると思い、関心を持って読み進めていきます。
謎を提示する
物語の核心にせまる謎や疑問を最初に提示する手法です。
「あの手紙がなければ、全ては始まらなかった。」
読者は「手紙とは何なのか」「これから何が始まるのか」と想像をかき立てられ、続きを知りたくなってきます。
テーマやジャンルに応じた書き出しの工夫
小説のジャンルやテーマに応じて、書き出しのスタイルを工夫することも大切ですので、例を挙げておきます。
ミステリー
緊張感を高めるために、不穏な描写や奇妙な出来事で始めると効果的です。
「血の匂いがまだ消えない部屋で、彼は静かにコーヒーを飲んでいた。」
殺人が起こった現場で、犯人が落ち着き払っているのでしょうか。それとも、家族が知らずに生活している場面なのでしょうか。何が起ころうとしているのかを不気味に暗示させる光景です。
ファンタジー
壮大な世界観や神秘的なイメージを伝えていくことで、読者の想像が幻想世界へと広がります。
「二つの月が輝く夜、古代の予言が現実となった。」
神秘性のある描写に読者の期待は初めから高まる書き出しです。
恋愛もの
主人公の心情や関係性にフォーカスした情感あふれる書き出しが向いています。
「彼女の笑顔を見た瞬間、世界が色づいたように感じた。」
相手方の彼女に対する恋愛観が、この一文でよく表現されています。
SF
未来的なテクノロジーやディストピア(不幸や抑圧が支配する未来社会)的な雰囲気を漂わせます。
「彼女の瞳に映るのは、人工の星空だった。」
科学への展望に希望を寄せる彼女の心情が伝わってきます。
わたしの書く小説は純文学ですが、書き出しをどう書くかは、すぐに定まるものではなく、やはりかなり悩みます。作品の特質を引き出すために、気に入るまでは何度も書き換えます。不思議と作品を最後まで書き切ると、全体のまとまりからふさわしい書き出しの文章が見えてくるものです。
視点の選び方とその影響
書き出しの視点をどう選ぶかは、物語全体の印象を大きく左右します。どの人称を採用するかによって読者に与える影響は違ってきます。
一人称視点
他の人称とは違って、主人公の感情や考えに密接に入り込むことができます。読者との親密感が高まるのが特徴です。
「僕があの日、あの路地裏に入らなければ、何も起こらなかったはずだ。」
三人称視点
客観的で幅広い描写が可能となり、物語の展開の描写がしやすくなります。また、複数のキャラクターを描写するのに適しています。
「街のどこかで鐘が鳴り響く中、一人の少年が道端に倒れていた。」
二人称視点
読者に直接語りかける形式ですので、独特の緊張感が生まれてきます。ただし難易度は高めですのでで、はじめのうちは一人称あるいは三人称で書くことをお勧めします。
「君は今、この文章を読んでいる。けれど、これが君の最後の選択になるとは知る由もないだろう。」
書き出しのアイデアを広げる方法
他の作品の分析
好きな小説や著名な小説の印象的な書き出しをいくつか分析し、研究してみることをお勧めします。自分のスタイルに合う手法があれば、それを参考にしてみてください。
視覚的なイメージから発想する
風景や周囲の気になる光景、また人物の写真、絵画などを見て、そこから得られるインスピレーションを活用してみましょう。
感情や出来事から逆算する
物語のクライマックスや結末を想定して、それを象徴するような描写を冒頭に置くと、とても印象的な作品となります。
推敲と改善のプロセス
書き出しは、一度で完璧に書き上げることができれば素晴らしいですが、何度も書き直して仕上げていくのが通常です。書き直しを重ねることで、最適な形に近づけていくことが理想です。それには次にような手順で行うとよいでしょう。
●初稿の作成: まずは自由に書き出してみる。
●読み返しと調整: 書き出しが物語のテーマや雰囲気に合致しているか確認し調整する。
●第三者の意見を聞く: 他の人に読んでもらい、印象を尋ねる。
書き出しの技術を習得するためにも、日頃から他の小説家の作品を読んでおくことは大切だと思います。わたしも常に他の作品を読むように心がけています。小説家の特色を出している多様な技術を肌で感じてみて、独自のスタイルが確立できるようになるといいですね。
まとめ
小説の書き出しを考えるには、テーマやジャンル、読者層を意識しつつ、多様な手法を試すことが重要です。また、書き出しは物語全体の成功を左右する鍵となりますので、書き進めていく中で一旦書き出しを書いても、改善する余地は十分にあるパートです。柔軟な試行錯誤を繰り返し、自由な発想を大切にして書き出しの文章を磨き上げていくようにしましょう。
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